こんにちは。ゆうげん(@1funkiduki)です!
幸せですか?と聞かれて、「はい」と即座に答えられる人はどのくらいいるんでしょう?
普通の日本人なら、そう聞かれたら「いや~幸せではないですね」という人が多いでしょう。
もったいないなぁ、と思います。
日本人は幸せじゃないらしい
幸福度、という基準があります。世界の幸福度ランキングを国連が報告しています。
世界でも指折りの経済大国で、生活レベルから言ったら明らかに最高クラスの日本は、2019年の幸福度は156カ国中58位です。
しかもほぼ毎年下がり続けています。
- 2015年 46位
- 2016年 53位
- 2017年 51位
- 2018年 54位
- 2019年 58位
なんででしょうか?
幸せ基準を低くすると幸せになる
なぜ日本人は幸せじゃないのでしょうか。
日本人は「これ以上だったら私は幸せ」、という幸せの基準が高すぎるからです。
日本ではテレビや雑誌では頻繁に「セレブのお宅訪問!」とか一握りの裕福な人の暮らしを見ることが出来ます。
それを見て、いつの間にか無意識に「あんなに豪華な暮らしをしている人がいるのに、自分はこんな低いレベルの暮らしをしている」と幸せの基準が高くなってしまいます。
それに比べて後進国と呼ばれる貧しい国には、人をうらやむような余裕はありません。
貧しいのは当たり前です。
苦しいこともあるでしょうが、それが当たり前だと思っているし、不幸だと嘆くこともありません。つまり「幸せと思えるための基準」が低いわけです。
幸せの基準が低ければ、幸せを感じやすいし、逆に高ければ、幸せを感じることは少なくなります。今の日本もその状態ではないでしょうか。
幸せを感じられた実体験
こんな偉そうなことを言えるのも、自分がまさにその経験をしたからです。
「むちゃくちゃ低次元のことでも幸せを感じた例」をご紹介します。
移動して幸せ
20歳のとき、バイク事故で寝たきりとなりました。
一日の移動は車椅子でリハビリ室へ行き返りするだけとなり、自由に病院内を移動することさえ出来ませんでした。
リハビリが進んで、車椅子で売店のフロアまで行けただけでも嬉しかったです。
お菓子を買えました。嬉しかったです。単に「移動しただけ」「買い物しただけ」なんですが、すんごい幸せを感じましたね。
自転車で幸せ
その後、まだ足が不自由ながら、退院できました。
バイクには乗れませんでしたが、大学への移動用に自転車を買ってもらいました。
「自転車に乗った」ときの感動は未だに忘れません。
自転車に初めて乗れたときよりも感動は大きいです。
傍目からみて20歳が自転車に乗ってニヤニヤしているのは、相当気色悪かったと思います(笑)
まとめ
「フロア移動したこと」「自転車に乗ること」。。。普通の人からすると二つとも大したことないことですが、感動出来たのは、僕の幸せの基準が低くなっていたからです。
このように幸せの基準を低くできれば、「朝起きれたこと」「ご飯を食べること」「眠れること」などなど、日常の全ての行動で幸せになれたら、良いと思うんです。
昨夜は妻と257円の贅沢。思うに幸せとは普段の生活からのポジティブなギャップです。
なので普段質素な暮らしをするほど幸福感を感じやすいはず。 pic.twitter.com/kk3Wdds7zW
— ゆうげん@千葉の遠距離通勤ブロガー (@1funkiduki) February 13, 2020
一番簡単に味わいたいなら、断食をすることです。一週間の断食後の素うどん。どう感じるでしょうか。
▼断食やってみたレポート。世界が変わって見えました
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